Escape.5 日常

 

 

 

「侑士、アレも欲しい。」

 

 

向日岳人は日常品をカートに乗せられた買い物カゴへと

 

どんどん詰め込んで行く。

 

その数は到底2人分には見えない。

 

レトルトのカレー、あの街には無い林檎ジュースに

 

大量の菓子類、アイスクリームなど。

 

 

「アイスは持って帰れへんのやから、

 

今、食べられる分だけ買い。」

 

 

カゴの中にはもう5つくらいのアイスが入れられてしまっている。

 

その中にはファミリーサイズの箱も含まれている。

 

モーテルに泊まっている間に食べるにしても多すぎた。

 

 

「そうか?

 

俺は余裕で食べられるけどよ。」

 

 

やれやれという顔をした忍足は岳人の入れた

 

ファミリーサイズの箱を戻した。

 

ぶつぶつと文句を言いながら岳人は他の食材を選び始めた。

 

 

「岳人、生ものは避けるんやで。

 

それにモーテルで食べる物意外は帰りに買うし。」

 

 

「分かったよ。」

 

 

会計を済ませると10分くらいの道のりを買い過ぎた荷物を

 

両手に抱えて歩いた。

 

岳人は「日本で買い物の時に入れるビニール袋じゃなくってよかった」

 

と心底思った。

 

もしもビニール袋だったら手に食い込んで今以上の苦しみであろう。

 

それに比べたら紙袋で前が見えないくらい対したことなかった。

 

 

「岳人、俺がもう1つ持とか?」

 

「大丈夫だ、ちょっと前が見えないだけだし。」

 

 

忍足の目にはこの街に来た時に取ったモーテルが見え始めていた。

 

そのモーテルには管理人が1人しか居らず、自分たちで

 

食料を調達して来なければいけない。

 

忍足は最初の予定では少しだけこの街で休んで

 

豪勢なディナーを食べるつもりだった。

 

しかし、この街でも自分たちで調理することになってしまった。

 

 

「岳人、もう少しやで。」

 

 

道路から反射する太陽の熱の所為か

 

そのモーテルは蜃気楼のようにも見える。

 

その熱の所為で岳人の額には汗が滲み始めていた。

 

 

「あぁ〜、着いた。」

 

 

大きな溜息と共に岳人の顔には安堵の表情が伺える。

 

そしてモーテルの202号室のベッドに身を投げ出した。

 

忍足は部屋の冷蔵庫に淡々と物を詰め込み始めた。

 

 

「侑士、お前も少しは休んだらいいんじゃないの?」

 

 

「岳人が馬鹿みたいに生もの買ったからや。」

 

 

岳人は無言のまま侑士を睨み付けた。

 

そしてベッドに大の字に身体を広げた。

 

 

「岳人、とりあえずは1週間、部屋取ってあるけど

 

どうするん?これから。」

 

 

「もう考えたくもないぜ。

 

あんな窮屈な暮らしなんてよ。」

 

 

「まぁ暫くはこのモーテルで暮らしてもええかも知れへんな。

 

電気がちゃんと通ってるって大事なんやな。」

 

 

忍足は冷蔵庫に物を入れ終わるとキッチンを見詰めた。

 

この部屋には小さいがそれなりのキッチンがある。

 

2人分の食事を作るぐらいなら何の支障も無い大きさだ。

 

 

「岳人、今日は何にする?

 

ハンバーグならすぐに出来るけど。」

 

 

「ハンバーグが良い。」

 

 

「でも朝はハンバーガーやったやろ?

 

なるべく肉は避けたいんやけど。」

 

 

「だったら聞くなよ」と岳人は思ったが

 

とりあえずハンバーグがいいとだけ伝えた。

 

夕食の時間になって忍足はハンバーグを焼き始めた。

 

岳人はいつも母親が料理をしている時の音を懐かしく思って

 

その音に聞き入った。

 

あの普通の日々が恋しく感じるのは親何週間を会っていないからだろうか

 

いう自問自答を繰り返しながら瞼を閉じた。