Escape.6 親友
「岳人、親友の侑士くんを連れて来なさいよ。」
昔、母さんに言われた事があった。
俺は忍足と付き合い始めたばっかりの頃だったからか
変に意識して忍足の話を母親とするのを避けていた。
仲の良い友達という感じのしない侑士、ただの友達だったらきっと
あまり話しもしない、遊びもしないタイプの男だったと思う。
「侑士って俺の前にも付き合ってる男とかいたの?」
そんな事を聞くと侑士は「付き合っていた男はおった」と
小さな声で答えた。
俺もそんなことを聞くなんてどうしたんだろうと自分で疑問に思ったが
それでも侑士の過去には興味があったのだと思い知らされた。
「その男って・・・。」
「・・・昔の男の話は勘弁してな、俺も思い出したくもないねん。」
小さな声で答えると俺に背中を向けて
シングルベッドの隅で寝息を立て始めた。
侑士の両親は侑士がゲイであることを知っているのだろうと
かってに思っていた。
しかし、それは真実であると数日後に気付かされることになった。
「向日・・・岳人くん?」
少し戸惑いながらも綺麗な女の人が俺に声を掛けてきた。
自分の名前を知っていることに驚いたが、氷帝のテニス部だと
いうことで他の学校にも名前くらいは知られていたから
疑問はあまり持たなかった。
実際に数日に一度は声を掛けられる。
高校生から小学生、それに見知らぬスーツの女性。
その1人だと俺はその女の人のことを思っていた。
「何ですか?お姐さん。」
少し甘えた様な声を出した。
そうすれば女の人は大抵、プレゼントや手紙を渡して
立ち去ってくれるからだ。
「あのね、貴方・・・うちの侑士と知り合いよね?」
俺は心臓に何かが刺さったような感覚を覚えた。
まるで時間が止まったかのように一瞬だけ。
「あの子、貴方に変なこととか言ってないかしら?」
「いえ、そんなことないですよ。」
少し戸惑いながらも俺は彼女が立ち去ってくれることを
心の中で願っていた。
「そう、もしも変なこととかされたら私に電話して?
あの子のためにも私たちのためにもね。」
そう言って小さな紙切れを俺に持たせてから
足早に俺のもとを後にした。
あの人が言っていたことはつまり
【侑士は男に変なことをする】と言うことなのだろう。
中学校から関西から転向してきたのも何かがあったからなのだろう。
侑士の家は医者の家庭で教育も厳しいと侑士が漏らしたことがあった。
そして時々、「好きな人と離れ離れなんて嫌や」と
恋愛ドラマも見ながら呟いていたこともあった。
その時見ていたドラマは
【恋人と放された男と女は駆け落ちという名の自殺を図るが
自分の恋人だけが死に、自分だけが生き残ってしまう】という内容だった。
侑士が感情輸入するのは決まって悲しいドラマにだけ。
しかも恋人同士が離れてしまったり、死別してしまう話。
そのドラマを淡々と呟くのである。
侑士は昔、誰かと引き離された経験があるのだろうと
どこかで疑問に思っていたことがあの女性に会ったことで
解決したような気分になった。
俺は家に帰ってから、自宅の電話の子機から女性の携帯に電話を掛けた。
携帯では侑士とメールをやりとりしないと怪しまれると思ったからだ。
俺と侑士は別々に早めに帰宅するとメールのやりとりをすることが
日課になっていた。
只でさえ忙しい中でもメールくらいはしようと侑士が言い出したからだ。
震える指で電話番号を押していく。
あの女性から何かを聞きだして気持ちを整理したいこともあったし、
侑士の過去についてもはっきりと確証したかった。
数回のベルの後、あの女性の声が受話器から聞えてきた。
俺は少し間を置いて話始めた。
「さっき電話番号を貰った向日ですが・・・。」
声を抑えて放した、隣に侑士がいるんじゃないかと疑っていたからだ。
すると女性はいそいそと部屋を移動し始めたようだった。
「ごめんなさいね、さっきの部屋はリビングだったから
侑士がメールしてた見たいなの。」
「あっ、その相手は俺です。」
「今、メールしながら電話してるのね・・・。
そのまま続けてくれるかしら?
あの子、感が良いから・・・・。」
「はい。」
侑士からのメールには
“さっき姉貴が部屋から出ってたわ。
多分、彼氏かなんかと話してるんやと思うで。
何か笑えるわ、姉貴ってケチやから家の電話で彼氏と話すねん。”
と姉と思われる電話の主の行動を細かく書いてあった。
話すことがなくなると侑士は意味のない文章を送ってくることがある。
それを見て俺は
“お姉さんってやっぱりケチなんだな?
侑士も同じじゃねぇか”と適当に打ち返した。
「向日くん?
貴方には聞きたいことがあるの。
侑士と仲良くしてくれてるみたいだし・・・。」
「さっきの話では侑士はホモってことですよね?」
「そうよ、あの子は男にしか興味を持たない子なの。」
その言葉を聞いて俺は内心、本当に侑士は男しか愛せないのだと確信した。
自分と関係を持ったことでそれは分かってはいたけれど
自分よりも前に男がいたことが何よりも心地悪かった。
「あの子とは親友でいてくれるかしら?」
返事に途惑った。
親友でいるということは恋人にはなるなという意味に聞えたからだ。
「・・・はい。」
「じゃあ話すわ。
あの子はね、小学5年の時にクラスメイトの男の子と付き合っていたの。
もちろん、相手の子は無自覚だったんじゃないかしら。
でもあの子は本気だったみたい、あの子の過度のスキンシップにも
平気だったのはその男の子だけみたいだったから。
だから貴方にはその過度なスキンシップが行き過ぎないように、
そして侑士を貴方で引きつけて置いて欲しいの。
貴方にしか頼めないわ、だって・・・。」
突然、話を止めたかと思うと彼女は何かを他の誰かに言い始めた。
「侑士、あら聞えちゃったかしら?
誕生日のプレゼントを買いに行くのに頼みごとをしてたのよ。
アンタ感がいいから・・・。」
「そうか、じゃあその相手は姉貴の彼氏やね。
でもあの人、嫌なんや。
いつも説教しよるし・・・。」
「じゃあ他の人に頼むわ。」
今日は侑士の誕生日の2週間前だ。
侑士の姉の誤魔化し方は完璧だった。
「それにしても、俺の誕生日に何くれるん?
俺は姉貴の買った服なんか着ないで。」
電話口から聞える声に俺は安心した。
「じゃあ政志、電話切るね・・・。」
「あっ俺も政志に言うことあんねんけど・・・。」
俺は焦った。
声でバレでしまうと確信していたからだ。
そして下で弟と妹が騒いでいる声を受話器が拾ってしまっているからだ。
「侑士、今は会社で仕事中なの、悪いけど今度ね。」
受話器の奥からガチャリという音が聞えた。
侑士のメールを呼んでみると
“姉貴が俺の誕生日に何かくれるらしいで?
自分で選びたいけどな、こればかりは楽しみにしてるわ。
まぁ岳人の誕生日プレゼントもやけど・・・。”
侑士のことが知りたかったけれど
知ってしまった今では少しだけ後悔していた。
「岳人?
ハンバーグが焼けたで?」
俺は侑士の声とハンバーグの匂いで目が覚めた。
昔の夢を見ていただけなのに向こうの方が真実のように感じた。 |