その恋から、終幕へ

 

 

 

 

俺の心の奥には君の笑顔が詰まっている。

 

持って行くのはこれだけで良い。

 

少しわがままを言うなら君の写真も持って行きたい。

 

 

 

 

仁王雅治宛の手紙が小さなちゃぶ台の上に残されていた。

 

小さな部屋の開けっ放しにされている窓から入る風で

 

今にも飛ばされてしまいそうな一枚の紙に仁王は目をやった。

 

その手紙は柳生比呂士からのもので、いつもは几帳面な文字を書く彼には

 

似つかわしくない荒れた文字だった。

 

まるで遺書とも取れる文字の書き方は仁王が昔、柳生に送りつけた

 

手紙に少し似ていた。

 

 

 

「仁王雅治くん、君は何でそんな顔で

 

僕を見詰めているのですか?」

 

 

 

「知りたいか?

 

ヒミツじゃ、誰にも教えん」

 

 

 

二人が通っている立海大付属中学の教室で

 

居残りをさせられていた仁王の隣にいた柳生の顔を

 

じっと仁王が見詰めていた。

 

 

 

「誰にも教えられない、お前にも誰にもな」

 

 

 

静かな二人だけの時間がゆっくりと進んでいた。

 

そんな時間が続けばいいと仁王は心の底で思っていた。

 

「この恋は誰にもヒミツじゃ」と誰にも打ち明けない恋に

 

仁王は少しだけ心を痛め、そして感じたことのない気持ちを抑えていた。

 

柳生比呂士も同じ気持ちを持ち合わせていた。

 

しかし、その思いがお互いに伝わるはずはなく、

 

淡々と過ぎる時間を二人はただ黙って過ごすしかなかった。

 

 

 

 

「俺を置いていってしもうたんか、

 

お前は最後まで冷たい奴やの、柳生」

 

 

 

 

仁王の目から大粒の涙がポロポロと流れた。

 

横たわっている所為で少し褪めてしまっている畳が濡れてしまい

 

色がまた違う色へと変わった。

 

まだらになっていく畳を仁王は摩った。

 

柳生と過ごした自分の部屋で

 

「昨日まではここに柳生は座っていた」

 

と思いながら愛しそうに手を滑らせた。

 

 

 

 

柳生は突然、学校からもこの部屋からも姿を消した。

 

北海道に引っ越したと仁王は真田から聞いた。

 

何ヶ月も前から真田と幸村には伝えてあったらしい。

 

3年の全国大会が終わったら、北海道に引っ越して

 

道内の大学付属高校に行くということを。

 

 

 

 

「柳生は俺には何も伝えんと行ってしもうた。

 

それでもアイツらしい最後や」

 

 

 

 

 

もう直ぐ、9月が始まる。

 

仁王の宿題を最後まで終わらせてから

 

引っ越した柳生に仁王は微笑む。

 

 

 

 

「本当に馬鹿な男やの。

 

マジメにもほどがある、毎年、俺がギリギリまで

 

宿題しないことを知ってるのはお前だけやからな」

 

 

 

 

仁王は部屋の窓から入ってくる風で涙を乾かした。

 

そして立ち上がり手紙を見詰める。

 

まるで「さよなら」と言っているような手紙をくしゃくしゃに

 

丸めて、後ろ向きのままゴミ箱に投げ捨てた。

 

 

 

 

「夏が明けたらアイツの居ない学校が始まる」

 

 

 

 

仁王は笑った。

 

誰にも見せたことのない笑顔で。

 

 

それは柳生すら見たことのない笑顔だった。