サイレント・ヘブン SILENT HEAVEN
夢を見ていた日を思い出していた。
多分、数日前だったと記憶している。
「宍戸くん、今日の宿題はどうしました?」
久しぶりに部活が休みだというのに、担任の教師が俺を
呼び止めてきた。
宿題なんて、ここ数ヶ月間一回も出した事はなかった。
やっと準レギュラーに上り詰めた矢先、勉強になんて
手を出せない状態だった。
人の何倍も練習して、やっと手に入れた自分の実績を
勉強の為に逃す訳にもいかなかった。
最後の選抜になるだろう、冬の大会。
3年になったら事実上の引退で、大会には出られない。
それにこのままの強さでは夏の大会も準レギュラーのままで
都大会には出られないかも知れない。
「先生、もうすぐ冬の大会が控えてるんです。
もう少し待ってもらえませんか?」
女の担任だったが、厳しいことで有名だった。
榊先生ですら、俺のことは見逃しているのに、この担任だけは
俺を見逃すことはなかった。
「無理ね。宍戸くんの成績じゃ、3年生になれなくなっちゃうわ・・・」 「義務教育に留年なんてあるんですか?」
少し小馬鹿にしながら、担任の顔を見ると担任は俯いて言う。
「私立の学校ではね、成績の悪い生徒は退学させられる事もあるの。
氷帝学園では前例はないけれど、宍戸くんの態度しだいでは、それを
ありうる事になってくるわ」
担任は俺に説教をする事もなく、淡々と退学になる事を呟いて教室を
出て行った。
冬の寒い教室には、俺の白い息が上へと消えていった。
誰も居なくなってから、俺は寒さの所為で赤くなった手と
練習の所為で皮の向けた指を見つめた。
一生懸命に取り組んでいる事だけに集中したいと思うのは
いけない事なのだろうか。
「宍戸、いるか?」
「あぁ、跡部か」
跡部は部活がない日は生徒会で学校に遅くまで残っている。
俺とは全然違うソイツは両手にプリントを抱えていた。
頭の良い跡部は多分、怒られた事なんてないのだろう。
テニス部の2年生部長にして、生徒会長。
期待のエース、跡部景吾。 「教室に誰かいるみたいだったから、寄ってみたんだ。
今日、職員室で担任がお前の事に付いて話し合っていたぞ。
何でも、成績と日頃の行いの事でな」
「・・・・退学か。
そうだよな、俺はスポーツ推薦で入ったんだ。
それで記録残せないんじゃ、学校にいる資格はないわな。
勉強もまるっきし出来ないし、素行も悪い」
溜息は白くなって消えていく。
俺の机の脇にプリントを置いた跡部は判子をソレに押し始めた。
「・・・・お前の事は前から問題になっていた。
家柄の事もあるだろうな、ここの連中は階級に拘るからな」
「確かに俺の家は公立学校の教師だけど、学費が払えない訳じゃない。
退学になっても、一度入れた学校を退学させる様な親じゃねーよ」
「いや、氷帝の理事はお前も含めて、退学者を探している。
この学校も生徒を受け入れすぎたようだからな」
跡部は少しだけ、顔を上げた。 「お前は大会に出たいのか?」
「そりゃあな。
そのために努力をしてるんだから、出たいに決まってるだろ」
突然、跡部の胸に引き込まれた気がした。
「・・・俺の物になれば、お前をここから出したりはしないのに・・・・」
跡部の胸の感触は本物だった。
プリントも床一面に広がっていて、頭では何も考えられない状態だった。
長い髪を梳かす様に触る跡部の手も、体温も本物だった。
熱い吐息が頭に触れていた。
冬の所為で顔が自然と赤くなっている。
教室での出来事を知っている人間はいないだろう。
でも跡部は確かに俺を抱いた。
切ないキモチを俺に伝えながら、激しく何度も呟いていた。
「宍戸・・・もう・・・最後だ」
俺は自分の身体に触れる。
2年の選抜大会では、俺は初めてシングルスのコートに立った。
跡部はジュニア選抜へ行っていて、その場にはいなかったが
俺は跡部に感謝していた。
跡部の親が退学者リストを発見して、それを理事長に
突きつけるとその計画は無いことになった。
そのお陰で俺は、このコートに立っている。 |