To you who are versatile. 多才な君に。
「忙しいのか、跡部・・・。」
「あぁ、そりゃあな。
生徒会の準備もあるし、それにテニス部の事も決めないといけないしな。
ダブルスの事とかもある、向日と忍足のペアにお前が勝っちまった事で
少し、変更しないといけなくなった。」
跡部は部室の机で何十枚とある紙と睨み合いをしている、
珍しく眼鏡を掛けて。
「・・・跡部、眼鏡に合わないな・・・。」
俺はアイツの顔を見てそう言った。
アイツの顔に眼鏡がある事なんて俺は見た事がなかったから。
「そうだな、読書の時しか掛けないからな。
お前の前で読書した事なんてないし。」
アイツは本が好きらしい、見た事も無い文字の本を五万と持っている。
俺には理解不能な本だ、一生掛かっても読めない物ばかりだ。
テニスも上手いがアイツは頭も良い、生徒会長までしている。
俺には出来ない事ばかりだ。
「手伝ってやろうか?」
「お前には無理だろう・・・。」
本当ならそんな事言われたらキレてるだろうけど
今の跡部を見たらそんな気にはならなかった。
アイツは忙しい、俺が邪魔したらアイツの負担が増えるだけだ。
「そうだな、でも部誌なら書けなくも無いと思うぜ。
毎日の様に見てるんだしな。」
「いや、俺の仕事だ。
他人に任せる訳にはいかない、それに宍戸。
お前、今日出た宿題はどうしたんだ。
お前のクラスは出たはずだろう、英語と数学。
それを終わらせてから言え。」
正直、俺は宿題を終わらせていなかった。
それは跡部も同じなのに跡部は別の仕事をしている。
「・・・跡部は宿題しないのかよ。」
「俺は帰ってからやる。
それに俺に出たものはそんなに難しくない。」
跡部は何でも出来るし、モテるし、それに頭も良いし・・・。
忙しくっても文句も言わない、責任感も強い。
「跡部は嫌にならないのか、そんな事ずっとしてて。
たまには遊びたいとか、他にも何かないのか・・・。
俺だったら他にしたい事沢山あって・・・。」
跡部に話しかけると跡部は言った。
「俺にはそんな事考えている暇はない。
ただ・・・欲しい物は沢山ある。
それを手に入れる為に俺は・・・・。」
「そうか、手に入るといいな・・・、跡部。」
跡部の欲しい物ってなんなのだろうか・・・。
あの何でも持っている跡部の欲しい物、高い物か。
それとも金では手に入らない物か・・・。
「ソレって何なんだ・・・。」
「お前も何れ分かるぜ。
手に入れるのは時間の問題だ。」
部室は夕日に染まり始めていた。
俺の顔も跡部の顔も真っ赤に染まっている。
多分、この部室の中では俺も跡部もただの子供なのだろう。
「早く帰って宿題しないといけない。
そんな事思うほど俺は子供じゃない、もう子供ではない。
誰かに止められた思いでも俺は構わなかった。
ソレを手に入れて俺は・・・・逃げたかった。」
跡部が俺を抱きしめていた。
誰も来ない部室に誰の声も聞えない校舎。
今此処には俺と跡部しかいない・・・。
「何で・・・あと・・・べ・・・。」
途惑った、何故彼は俺を抱きしめているのかと。
手に入れるものは俺なのかとただ呆然と立ち尽くすだけ。
「ガンバレば何でも手に入ると思っていた。
でもそれは違った、俺はお前を手に入れられそうに無い。
たとえお前が俺の側に居てくれたとしても手に入らない。」
そうだ、跡部はいつも俺を見ていた。
でも何故、俺に・・・・。
「逃げたいと何度も思った。
お前の手を引いてお前と何処か遠くに・・・。
でもそれでお前は幸せに成れるのだろうかとずっと悩んでいた。
今俺に出来る事といえば、ただ努力するだけ・・・。
もう逃げられない、俺は逃げられない。」
跡部には婚約者がいると噂で聞いた事がある。
昔から決まっていた婚約者だと。
跡部は俺を得るために努力していたのだろうか、今まで。
「逃げようか・・・跡部。
誰にも捕まらない所に逃げようか・・・。」
もちろん俺も跡部が好きだったのだろう。
何時も気になって気になって仕方がなかった男だ。
「逃げて、何処か遠くに・・・。」
跡部は俺の手を取った、眼鏡が床に落ちて割れる音がしてたけど
気にしなかった。
跡部の眼鏡は俺には必要ないからだ。
俺の知っている跡部は勉強している跡部ではなく
テニスをしている跡部だから。
「逃げても辛い事ばかりかもしれない、それでも俺はお前が好きだから。
だから逃げろ、跡部。」
何処か遠くにこのまま逃げてしまいたいと思った。
誰にも分からない気持ちのまま。
多才な君は俺には必要ない。
ただ君が居てくれたらそれでいい。
俺は婚約者の様に出来がいいわけじゃない。
それに女でもない・・・・。
でも跡部を幸せには出来る気がするんだ。
多才な貴方にさよなら。
目の前の君に始めまして。
そして今までありがとう、偽りの君。
そしてありがとう、本当の気持ち。 |